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S.T. さん

私は高校二年生の時に交換留学生として渡米し、American High Schoolを卒業するまでの二年間をホストファミリーとすごしました。その後、NJ州立大学のRutgersUniversityに在籍して心理学を専攻。昨年の5月に卒業し、現在はChelseaにあるMULTINET INTERNAIONALという会社で働いています。マルチネットは主にコンピューター・ネットワークの環境設定、INTRANET設定、データ・ネットワークの構築業務等のサービスを法人、個人のお客様向けに提供している会社です。今回は私の就職に至るまでの体験を簡単に書かせていただこうと思います。私が初めてアメリカに来た当時はまったく英語も話せず、親元を離れながら違う文化で生活するということは、まだ自立していなかった自分にとって大変なことでした。しかし、自ら体験したバラエティに富んだ授業内容や、学校設備の豊富さ等、生徒を中心に考えた教育の姿勢にとても魅せられてアメリカの大学へ進むことを決意しました。私の場合、実際卒業する前からアメリカに残りたいという気持ちがあったので、特に日本での就職活動は考えていませんでした。その理由の一つとして、アメリカは日本に比べ女性でも仕事をするチャンスが多く、入社してからも働きやすい環境にあるという点でした。
就職活動を始めるのは周りの人と比べ遅かったと思います。大学にあるCareerService CenterではResumeの書き方や、Interviewのコツ等といったセミナーが頻度行われており、生徒が自由に参加できる環境にありました。私の主な就職活動の内容としては、そういったセミナーに出たり、インターネットでいくつかの斡旋会社に登録したりしました。インターネットは情報源としてとても役立ったと思います。例えば、就職活動をしている学生の為のサイトをチェックしたりして情報を仕入れていました。活動をするにあたり、初めは米系会社を中心に就職を考えていましたが、外国人であるということでビザの問題は大きく、たとえPTの期間に働けたとしてもその後のビザサポートという次の段階にいけるかが常に疑問でした。その他に、大学で専攻していた学部の専門性と、自分がやってみたい仕事への考えの違いといった問題にも直面しました。最終的には、米系会社に就職するというこだわりを捨て、反対に日本人であることを生かすという点に重点を置きました。そこで、NYにある幾つかの日経の派遣会社を探し始めました。NYの方がいろいろなことに対して機会があるのではないかという期待もあったので、長年住んでいたNJからNYへ移りました。派遣会社もいろいろあり、中でもMidtownにあるMax Consultingは登録してすぐ何社かの面接を設定していただき、驚く反面とても心強かったです。しかし、とんとん拍子で決まる訳でもなく、なぜ自分が面接で落ちてしまうのか悩んだ時期もありましたが、8月下旬に謀大手銀行に派遣社員として働き始めました。仕事場の環境や周りの人達との関係がとてもうまくいっていたので、自分に対して自信と余裕が持てるようになりました。そして、年末頃マックスの方に現在の会社を紹介していただきました。マルチネットの面接では、いつもの自分を出せるよう、自然な応対を心がけました。実際、専攻とはまったく違う分野なので、知識はほとんど無に等しかったのですが、そういったことは正直に伝えました。
他の人に比べ経験がない分、自分のキャラクターを売り込んだのが幸いしてか、採用が決まりました。この会社に入ろうと決めた理由は、社長自身の、常に新しいアイデアを求め努力している姿勢と、今後自分がまかされる仕事にやりがいがあると思えるところでした。現在は営業のアシスタントとして働いています。まだ入社して間もなくいろいろ失敗も多いですが、技術の人や周りの人に支えられながら日々新しいことを学んでいます。
私の場合、将来なりたいものや就きたい仕事など、あまり細かく範囲を決めずに就職活動に挑みました。ただ、自分の中ではアメリカに残って日本では出来ないことをするという根本的な考えは常に変わらず持っていました。アメリカ生活で身につけた柔軟性が、問題に直面した時に次へ進む原動力になったと思います。仕事はとにかく実際に自分でやってみないと気づかないところがあると思います。そして興味をもって続けていくには、努力が必要なんだと少しずつわかるようになりました。就職を控えた学生の皆さん、辛い時期も少なからずあると思いますが、自分が積んできた経験は必ずどこかで役に立つと思います。後はそれをどう生かして対応していくか、というところなのではないのでしょうか。